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古代の新羅と日本は似たような歴史的過程を展開したといえる。統一新羅では8世紀末から政治的に混乱し、国内各地で盗賊と海賊が蜂起した。日本でも奈良時代の政治的混乱期を経て、全国で盗賊と海賊が出没するようになり、全国に困難な状況をむかえた。9世紀、両国の様相は一層深刻化し、両国政府もまた、困難に苛まれる ことになった。両国の海賊が連帯して両国の政府に対抗する問題を有したからである。特に日本政府はこの点に敏感であった。政府の統制から逸脱する九州地域の地方勢力が、韓半島勢力と協力して自分たちを攻撃することを恐れたのである。 その結果、海賊の連帯に対する日本政府の対応は非常に厳格なもので あった。当時の九州地域をはじめとする日本全域に、新羅商人、あるいは新羅人が多数居住していたことがこの背景にある。彼らが日本政府に反旗を翻したら、日本は重大な危機に直面するからである。本稿はこうした問題点に着眼し、海賊の実態と連帯、そして日本政府の対応について考察したものである。