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李匡臣は朱子学と陽明学の両者を必ずしも対立的には捉えず、むしろ両者をともに許容し肯定する朱王両可の立場を採っていた. しかしそのことは決して、李匡臣の陽明学理解が朱王折衷的なものであったことを意味するのではなく、また李匡臣における霞谷学の変容を意味するのでもない. 李匡臣は陽明学を極めて体系的にかつ正確に理解し受容していた. また李匡臣は朱子学と陽明学それぞれの特質を極めて的確に理解していた. そしてこの朱王学の特質把握や朱王両可の立場を含めて、李匡臣の立場は鄭斉斗の立場に極めて近似する. 以上を総合的に判断して我々は、初期江華学派にあって、「鄭斉斗――李匡臣」の間に確かな学問継承の迹を認めることができるのである.