초록 close

この文では、新しくされる物語の倉庫として、ニューメディアの文字メッセージに関して論じた。文字がニューメディアで躍進する現象をよく見て、このような現状の肯定的で否定的な面を分析しながら、答弁文字(デッグル)につながって、物語になる機制の原型性を提示した。ニューメディアの中に文章に具現された、完成された話ではなくそれの原型ソースとしての性格を究明したのだ。文字はニューメディアの主役で浮び上がっている。新しい様相の通話が始まると思わなければならない。活発な文字通信を通じて、おこる新しい書き込み形態を誘発した。文字即ち書くのが言葉の代わりをするのだ。言葉は流れてしまうが、文字は記録で残る。この転移はニューメディアの拡大普及で世代を広げて、多様な通信言語機能に載せられて日常化された。まさにここで物語は生まれる。一方、SNSはニューメディアの寵児である。ニューメディアに具現されるSNSは、現代版'パルレト(洗濯場)'の役目をする。パルレトと一緒に、話が作られて流通する機制が、SNSで越えて来た。携帯電話の単純な文字メッセージは、SNSの集団協業、協力と参加という機能から拡がったフレームを持って、その役目を育てた。しかし、ニューメディアの中のこんな機能を通じて、人々は簡単に孤独感を解消しながら、孤独感にぶつかって根本的に解決するけんかを回避する否定的な性向を現わす。個人メールや文字メッセージが持ったこのような短所は、SNSに来て可なり直したが、いくらなんでも SNSだと言っても、問題に対する正面対決を回避する以上、解決は不可能だ。未来社会を見越す論議では、'社会的に有益なストリテルリングコンテンツ'と'世の中を肯定的に変化させるゲーム'が注目される。ここにはそれぞれ'社会的に有益な'と'世の中を肯定的に変化させる'という修飾語が前に付いている。これは無益(ストリテルリング)するとか、否定的(ゲーム)である方向に流れる可能性があることを警告するのだ。それで多い関心と支援が必要だ。しかしこのような関心と支援が官制で流れてはいけない。