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川端康成の自然に関する思想は人間が自然を一つの生命体として受け入れ、天から生命を与えてもらって生きている人間と同じレベルの存在として考える仏教的観点でみていることもさらにわかった。自然との一体感を成し遂げようとする人間の本性は日本が近代化の道の歩みとともにそのバランスが崩され続いてきた。そういう人間の本性の均衡が破られた人間は精神的な不安感に捕われ、失われたじぶんの正体性を求め、新しい価値体系を追求するようになる。しかしそれを探して、追求していく過程で生命の断絶は克服できず、霊と肉的に疲弊されぼろぼろになったその人間は自然を思い出して、そこでじぶんの根を下ろすことを希望するようになる。そしてその自然のふところに抱かれて傷ついた魂をいやしてもらえる。自然に抱かれて回復された人間は元気を戻し、存在して行くことができるようになる。日本人の自然に対する考えは自然も人間と同じもので、根源的に自然の一部として認めなければならない。だからお互いに親愛感を持って生きていかなければならない関係であると意識している。したがって日本文学作品の中での自然と人間との関係は互いに劇的に対立する関係ではない。生命の根源として近くにある自然を愛して仰ぎ見ることで表現されている。これは人間をより重んじて根源的なものとして扱い拘束するという人間中心的な西洋の思想とは差を見せている。日本人において自然は永遠に変わらぬ客観的な存在として人間の魂を回復してくれる空間であるといってよいと思う。