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本考察は、初·中級日本語教材におけるテクルの取り上げ方の問題点を指摘し、日本語教育をめざす文法教育に必要な視点とは何かについて論じるものである。80年代以降、日本語教育がコミュニケーション能力育成に重点を置くコミュニカティブ·アプローチの影響を受けた関係で、日本語教材においても特定の言語形式によって何が伝達されうるか、という「機能」の観点が日本語教育のための文法記述が取り入れられるようになった。しかし、テクルのような顕在化した「機能」が立てにくい文法項目の場合は、日本語教材の「意味·用法」の解説において、構文や意味解明を重視する日本語学の研究成果の結果が直接応用されており、実際の運用にかかわる形として取り上げられていない。つまり、コミュニカティブ·アプローチを標榜する日本語教材であるにもかかわらず、単なる文法的意味の解説に留まっているのが現状である。 そこで、日本語学の観点からの研究成果が、日本語教育を目標に書かれた文法書にどのように応用されているかを観察した結果、先行動詞との意味関係から分類された用法や、先行動詞の文法的性質を用いた意味説明など、主に構文的論·意味論的観点を用いた記述であった。換言すれば、言語の内部構造を体系的に解明することを目標にする日本語学の観点が、そのまま日本語教育のための文法書にも採用されていると言える。 そして、初·中級日本語教科書におけるテクルの取り上げ方は「どのような状況で、何のために」用いる文法項目であるかという文脈的情報を欠いた用例になっており、また、話し手の表現意図が不明な不自然な会話文などが取り入れられ、単なる「意味·用法」の理解やその意味を正しく理解したかを確認する練習問題になっている。 テクルは、韓国語にも対応できる文法形式[―oda]があることから、「意味·用法」中心の日本語教科書を用いた文法指導では、韓国人学習者に「テクルは、簡単に習得できる文法項目」という意識を与えかねない。文法教育が直接コミュニケーション能力に有機的につながる日本語教育をめざすためには、日本語学からの文法記述を踏襲するのではではなく、「どのような状況で、何のために」その表現を用いるかといった、コミュニケーション上の「機能」の観点から文法記述を捉えなおすべきであると考える。