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本論文では、日本で国定教科書体制が導入された1903年以降、文部省で編纂した国語教科書と、1910年以降、朝鮮総督府から発行された国語(日本語)教科書のうち、「桃太郎」が掲載されている7種にわたる教科書を比較検討し、この物語が実際どういう形で収録されているかをはじめとして、それぞれの内容上の異同が何を意味するのかなどについて考察してみた。  その結果、童話としての「桃太郎」は、一般に「英雄崇拝の思想」「尚武の気風」「海外遠征の壮挙」といった意味で受け止められており、教科書に「桃太郎」を掲載したのは、もっぱら日本の「教育政策」を反映しようとしたからに他ならないということを確認できた。ただし、その「教育政策」というのは、単に言語教育のためだけに止まらず、「国民性の陶冶」、すなわち 「桃太郎精神」を朝鮮の児童に浸透させようとする目論みに支えられたものであり、そして「桃太郎精神」は、日本の強制占領を美化し讃える道具として拡大再生産されていくのである。このように考えてはじめて、言語水準の面において不都合があったにもかかわらず初級の段階で「桃太郎」が導入されたこと、そして「天子」の登場などといった問題が理解できるのである。なお、本論文は、日本語教科書についての言語史的な観点にのっとったこれからの研究の出発点の一つになるといった意義をもつ。