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処容文化祭と蘇民祭の疫神についての比較考察 崔 震 甲 この論文は、処容文化祭と蘇民祭の比較〮․分析を通じ、両国の疫神につじて糾明することを目的とする。処容文化祭の疫神は処容說話で見られるが疫神が処容の形象を描いて貼って置いた所は入らないと約束するによって、処容の形象が守り札になるとされている。処容が疫病を防ぐ門神になるのである。 ꡔ日本書紀ꡕには、蘇民祭の疫神である素戔嗚尊(須佐之男命)は新羅の曽尸茂利(ソシモリ)という地に居たとする所伝が記されている。素戔嗚尊は、神仏習合の形で日本固有の神道と、ꡔ日本書紀ꡕの新羅神である牛頭天王と、インドの仏教と、中国の道教等の習合によって生み出された。ꡔ祇園の神ꡕとも呼ばれる素戔嗚尊は、国籍がない国際的な神なのである。 そして祇園祭の祭神、素戔嗚尊が疫神である武塔天神と習合し、疫病をコントロールする神、また疫病を防ぐ神として八坂神社の主祭神になったわけである。 処容文化祭の疫神觀は、879年(新羅49代憲康王5年)処容說話に見られる。従って9世紀に日韓とも疫病が猖獗したと見られる。一方、蘇民祭の疫神觀は、869年(貞観11年)に平安京をはじめ各地に疫病が流行した際に起った。 処容文化祭では疫神の約束によって処容の形象が疫病を防ぐ守り札になり、蘇民祭では疫神の約束によって「蘇民将来之子孫也」と記した文字と茅の輪が護符になる。 処容文化祭と蘇民祭の疫神觀の共通點は、疫神が疫病を免れる方法を知らせる点である。また、人間に疫病や災厄をもたらし、苦しめたり殺したりする惡神でもよくもてなすことによって益神になる場合もある。


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