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崔南善 ꡔ少年ꡕ誌の ‘新大韓の少年’企劃について 崔 在 穆 本稿は韓國近代期代表的知識人の一人である崔南善(號は六堂.1890∼1957)が當時韓國內に流入された泰西及び日本等地から得た最新版海外情報,より具體的に言えば日本の德富蘇峰の言論活動よりヒントを得て構想したꡔ少年ꡕ誌によって如何に‘新大韓の少年’を企劃しており,またその意味は何なのかを檢討するものである。 崔南善が使用するこの‘少年’槪念は、當時の文學、政治、思想などにおける共有された特有の言說‘空間’を見せている。このようにꡔ少年ꡕ誌には近代期韓國で苦惱したさまざまな問題意識が內在されている。すなわち、帝國主義や軍國主義に抵抗あるいは適應しながら展開し見せる愛國啓蒙運動、‘國民國家’の發見、それから泰西から流入された‘自由’ ‘地理學’などの新槪念と新潮流の理解、‘陽明學’及び‘近代日本陽明學’の韓國的再認識、再調整の努力。このような泰西及び‘日本帝國主義や軍國主義が創出した文化乃至文明を新しく領有(appropriation)しようとした方法を發見しうる一種の綜合情報源でもあろう。さらに本稿は韓國や日本、ひいては泰西との近代的知のネトワ-クを見ることのできる一つのよい方法になるであろう。 本稿は、「崔南善の‘少年’發見の思想的意味」、「ꡔ少年ꡕ誌と‘新大韓の少年’構想」、「ꡔ少年ꡕ誌と德富蘇峰との關聯性」、「海、大洋それから「海から少年へ」-三〮面環海‘新大韓の少年’の‘世界’認識のための記號 -」とに敍述される。