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今日、「座の文学」と呼ばれている俳諧。しかし、「座」を考えた上で、作品に検討を加えたものはさほどはない。その点においては、俳聖と評価されている芭蕉の俳諧作品といっても例外ではない。 本稿は、芭蕉の俳文のなかで、「幻住庵記」とともに名文としてその名を列ねている「芭蕉を移す詞」(元禄五年(一六九二)秋、成立)を、「座」のことを考えつつ、当該作を收める『芭蕉庵三ケ月日記』全体の中からその意味を読み取ろうとしたものである。 検討の結果、大別して、(一)「芭蕉を移す詞」は、月見を兼ねて芭蕉庵再建祝いに訪ねてきて、芭蕉の勧誘を受けて喜んで「月」の句を寄せてくれた諸家の配慮に応える、挨拶性の文章であること、(二)「芭蕉を移す詞」に続けて配されている濁子の「ばせを葉の窓をさゝせぬ月夜哉」の句は、「芭蕉を移す詞」の主な趣旨である「無能」「無才」を反映して詠み、「座」の一員として、芭蕉の人生観に共感を示したために、芭蕉の「芭蕉葉を柱にかけん庵の月」の句に代わって入れられたものであり、本来、俳文と一対の意識のもとで配された可能性があること、(三)素堂․芭蕉の交流という側面から見たとき、「芭蕉を移す詞」は、『芭蕉庵三ケ月日記』の交流を呼び掛けてくれた親友素堂の「蓑虫説」の構成․内容を踏まえた上で、それに対応する意識で作った可能性が高いものであること、を導きだすことができた。