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芥川竜之介の『開化の殺人』と『開化の良人』に現れた西欧文明 -「愛」と「結婚」をめぐって 金孝順 (高麗大) 本論文は芥川の開化物の代表作「開化の殺人」と「開化の良人」の軸となっている<愛>の物語を文明批判という作家精神と関係づけで論じたものである。「開化の殺人」は幸せな結婚に欠かせないと信じた絶対的な価値としての「愛」に裏切られる男の悲劇の物語で、「開化の良人」も同じく成功的な結婚のため、すべての上に置いた愛に裏切られる男の話物語である。「開化の殺人」の北畠義一郎は外貌や経歴ばかりではなく、内面まで徹底的に西欧化された文明開化の人物で、「開化の良人」の三浦も明治初期の開化文明を表象している人物である。二つの作品の二人は明治初期という文明開化という、同じ時間的、空間的背景に住んだ知識人たちである。また、この二人が追求する愛は、肉欲を排除し精神的に純粋な愛を追求し、キリスト教の信仰を頼りにし、日本の伝統的な価値を旧弊だとして否定する特徴を持っており、明治時代の知識人たちが意識的に追求した西欧文明としての愛の特徴と一致するものである。そのような彼らの愛は、極めて不安定なものであった。例えば、「開化の殺人」の北畠義一郎は純粋な愛を信じ込んでいた自分の愛が、結局は自分の利己的欲望から来た自己欺瞞に過ぎなかったという事実に気づき憤怒と羞恥を感じ自殺する。それから、「開化の良人」の三浦直木も、旧弊なことをきらって、結婚も「日本より、フランスにでも生まればよかった」と本田子爵が感嘆するほど、西欧的な外貌の開化な藤井勝美と結婚するが、結局は彼女の浮気に裏切られる苦痛を味わうばかりである。作品の二人が理想とし、実現しようとした、文明開化の所産としての愛は「どこか調子の狂つた楽器の音を思ひ出させる、不安定なものであった」もので、悲劇で終わってしまうのである。 このような北畠の悲劇と三浦の結婚生活の失敗には、まさに明治期の欧化主義一辺倒の文化政策に鋭い批判の精神を向けていた芥川龍之介の作家精神が現れていると言える。すなわち、開化文明としての愛の矛盾と虚構性を通じて、明治時代の西欧中心的価値の追求の矛盾とその虚構性を芥川は批判しているのである。開化の日本の風景は芥川の眼には、「日本の空気と西洋の光線との不思議な位際どい調和」をなしている不安定なものに映り、二つの作品でその不安定な開化の風景を描こうとしていたことが分かる。