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本稿は、近時ますます有力化しつつある東歌․防人歌の地方豪族創作説について、主に万葉集巻二十の「天平勝宝七歳防人歌群」を分析することで、地方豪族創作説の限界を明らかにした上で、そのことの意味を、歌い手の主体性を疑わない万葉集作者層論の矛盾(ディレンマ)として位置づけたものである。 そもそも地方豪族創作説は、東歌の質の多様さ─中央の和歌とは異なる特徴を持ちつつなお一定の同質性も看取されることを、在地性を堅持しながら中央文化にも連なっていた地方豪族層の二重性で説明するために案出されたものであった。しかしながら、主に東歌に適用された地方豪族創作説は、それが作者未詳を特徴とする以上、仮説の域を出ないものといわざるを得ない。そのため、本稿では、東歌と類似した特徴を持ちながらも蒐集の主体․作歌及び成立事情などが相対的に推測可能な防人歌を取り上げ、そこに地方豪族創作説を当てはめてみた。その結果、必ずしも防人たちの階層の高低が中央の和歌との距離と比例していないことが明らかになった。左注の作歌事情から班田農民出身としか思えない防人たちの歌にも中央の和歌に類似した発想内容を持った作が少なからず含まれているという事実は、逆に作者未詳歌であるがゆえに有効に機能した、東歌における地方豪族創作説の限界をも露呈するものとなろう。 防人歌の作者層の分析を通じて明らかになったのは、彼らが無文字層から識字層にわたる身分的に多様な質を持っていることである。にもかかわらず、防人歌そのものが作者の階層差に関係なく均質であること─形式的には定型短歌を、内容的には家族との悲別の情を共有していることは、むしろ防人たち全員をその階層的秩序を問わずに均質に把握しようとする大伴家持を中心とした中央の側の視点を介在させることで解明の手掛かりを見いだすことができよう。 以上の考察に基づくなら、東歌․防人歌の作者層を近代以降の主体として自律した作者像と同一視してきた万葉集作者層論は再考されなければならないことになる。そこで、改めて問い直されなければならないのは、「民」の和歌であることをことさらに標榜する東歌や防人歌が万葉集に収載されていることの意味であろう。そのことの意味を、古代律令国家の人民支配のありかたとそれを支えた政治理念に注目して追及していくことが、本稿によって導き出された今後の課題である。