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かつて、出雲神話といえば主として記紀神話における出雲とその周辺を舞台にして繰り広げられる神話に限って言いがちだが、その見方には大きな問題がある。また、「記紀神話」の出雲系神話のうち、最も重要視され、かつ出雲系神々の祖先と言われるスサノヲも高天原を初め出雲、紀伊、吉備さらに古代朝鮮半島(新羅)に至るまで空間的な観点から見ると、非常に広い範囲にわたって登場するのみならず、その神の役割と神格も外来神・異邦神とされているが、地域性の強い『風土記』や「出雲国造神賀詞」には記紀神話とは大きな差が見つかる。したがって本稿は上代出雲地域をめぐる神話を「記紀神話」及び『出雲国風土記』、それから「出雲国造神賀詞」に描かれた伝承を比較考察し、その記述の違いを中心にしてその特徴を見極めながら出雲神話の原型を探って見たい。まず、記紀神話における出雲系神話とは大和朝廷側の立場から当時天皇中心の国家観の確立と同時に氏族伝承の維持という目的を念頭に置き、潤色された神話という編纂意図の下で、天神との対立的な位相をもち、諸地域を統合する国神論理により設定された神話という性格が強い。それに比べ、『出雲国風土記』に載せられている神話は、朝廷との関連性や介入がほとんど見られず、政治的な意図や潤色が排除された、もともとの出雲地域の種族の間で伝承されたきた素朴な祭神説話がその基層にあり、いわゆる出雲神話の原象と言うことができる。「出雲国造神賀詞」に描かれている神話は中央朝廷との関係の中で出雲国造の観点から伝承されたものと認められ、当時中央朝廷と出雲勢力間の温度差が窺える重要な資料であることが浮彫りになっている。『出雲国風土記』と「出雲国造神賀詞」の神話が地域に密着した史料であることを認めると、これらに収められている神話こそ出雲神話と呼ぶのに適切であると言える。各文献に現れた出雲系神話の共通点は第一、カミムスヒをはじめ出雲の主要神々が共通的に登場していることと国土創生の主人公がすべてオオナムチということはいずれも一致している。しかし、スサノヲは文献別に相当な記述的な違いが見られており、記紀神話では、出雲における英雄神としてのイメージとともに高天原においては悪神という両面性を持っているが、『出雲国風土記』では平凡で素朴な地域祭神としてのイメージを持っており、「出雲国造神賀詞」では神名すら明らかにされていない神に取り扱われるなど、つまりその神の性格を探ることが文献の特徴や意図を窺える大切な手がかりになっていることがわかる。また、スサノヲの別称と言える熊野大神の地域的な分布から、出雲勢力の活動範囲が当時東日本にまで及んだのは出雲勢力の旺盛な活動性を示唆することと窺われる。