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スサノヲとアマテラスが対立した主な舞台は高天の原であり、スサノヲの悪しき神として荒ぶる難行をした所も高天の原であった。スサノヲがアマテラスの営田の畦を壊し、溝を埋め、御田に種を重ね播きしたのは田を元の自然の状態に戻す為であったと思う。と言うのはスサノヲは少年期まで葦原中国で育ち、そこの規範に慣れていたせいで、高天の原の規範を知らずに行った事が惡業に扱われ、天津罪になる。天津罪はスサノヲが高天の原で犯した罪をいうとされているが実はその関係は逆で、スサノヲの高天の原における惡業は天津罪の縁起譚と見るべきである。天津罪は主に農事に対する侵犯であり、国津罪は、地域社会の一員として、遵守すべき倫理や道徳的の基である。 アマテラスが思う善悪とは、「国を奪おうとしない事」が善であり、「国を奪おうとする事」が悪である。では、スサノヲは「誓約」での勝利で、身の潔白を証明できたので、「国を奪おうとしない事」であるので、善である。反面に、アマテラスは出雲国の統治者であった大国主神のもとに、高天原から「出雲国を譲れ」となかば脅迫めいた使者を派遣する。アマテラスによる「国譲り」は一方的な宣戦布告である。これは「国を奪おうとする事」であり、悪である。したがって、スサノヲは善神、アマテラスは惡神である。『記紀』における善惡の觀念とは高天原側の為になる事が善であり、そうでない事は悪とされている。