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武将と能 李 容 美 平安末、技藝中心の雜劇形態に過ぎなかった猿楽は、中世に至り、武將と武家の庇護の中で、能と言う高級の藝能として成立される。能は、他の藝能に比べて多くの異なるところを持っているが、特に、感性とか抒情性よりは精神性が追求されたこと、壯麗な装束、財政の確保、どのような經路を経て上流の藝能となったのか等を考えてみる際、武家的の要素との関わりに注目せずにはいられない. 従って、本稿では、能を積極的に支えていた當代の武將の足利義満・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の場合を挙げ、上記要素の定着された経緯を考察してみようとする。また、ꡔ謠曲集①ꡕ、ꡔ世阿彌能樂論集ꡕ、ꡔ能・文楽・歌舞伎ꡕ等の資料の中で、彼らが好んでいた作品と、武將と能の関わりのある記錄で、武家的要素と、それが反映された能の傳承の経緯まで考察してみる。能は、時代的な背景と、後援者の素養と好みが強く反映され、600年以上の歷史を経てきた。成立當時の優雅な趣きと風流としての能は、秀吉時代(桃山時代)には異例的に絢爛に変わる。それがまた、江戸時代に至ると、正式の武家の式樂になり、幕藩體制のもとで保護と統制が加えられ、また大きく變化する。すなわち、丁寧に、落ち度なく、重々しく上演するスタイルが定着したのである。 中世という戰亂と混沌の時代に、武家と武士の文化として成立された能は、そのような時代的な背景から、感性とか抒情よりは、武士の精神性の追究が優先されたのである。また、能は、貴族と僧侶の文化に対する武家の藝能であったところから、その装束は差別されるべきであった。従って、秀吉時代には、絢爛な彼の好みにより、金箔・花紋樣等が加えられ、江戸時代には、國家的な儀式に上演されていたことで、もっとも威嚴のある壯麗な装束が要求されたのである.