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三島由紀夫は日本の右翼運動と深く関連がある作家である。そのせいであるか韓国では他作家に比べて彼を研究している研究者が少ない現実である。しかし、右翼作家という認識とはべつに韓国の日本関聯学科では文学講読のテキストとして『仮面の告白』や『金閣寺』のような作品を読んでいる。その理由の一つはこれらの作品には 国家や民族を個人より優先する思想は見い出せない点、もう一つは日本文学史においてこれらの作品が貴重な位置にあるからである。 この論文の目的は三島由紀夫の文学的右翼の傾向はいつから現われるか、またその背景には何があるかを把握するところにある。そしてそれらと作家の文学的道程とは何のつながりがあるか調べてみた。 研究の方法としては、三島由紀夫の文学的主題が国家へ転換しはじめた1961年までの作品、『花ざかりの森』、『仮面の告白』、『潮騒』、『金閣寺』、『憂国』などをその対象にして、これらの作品の主題を導出し作家の人間と社会に対する意識を捉えて主題が時代によってどう変わっていくかを調べてみた。 三島由紀夫は「私の遍歴時代」の中で、自分が小説家になりたがったのは社会的不適応にあると言っている。この話は自分の社会的不適応を克服するための方法として小説を書いたという意味に受け止めても良かろう。 作品別の主題は、『花ざかりの森』は西欧化の中での日本伝統の美しさ、『仮面の告白』は戦争という極限の状況を生きている人間の二重性、『潮騒』は美しくて丈夫な 肉体と知性の調和という西欧の古典原理で自分と社会の救済、『金閣寺』はコンプレックスの治療による日本社会の救済を各々描いていると把握した。 彼の作品は初期の自分の救済を乗り越えて社会の救済へ、中期の『憂国』に至っては社会の救済から国家の救済への主題の転換が見えると言える。