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近年の大江健三郞の文學が呈示しているのは自作引用·自作言及·自作解釋·自己省察·自己パロディといった〈自己言及文學〉である.これは80年代以降顯著になった傾向であり大江の60年代の文壇 驗が殘した痕跡は大きい.本稿は80年代後半以降大江をして旣存の私小說の 統を破壞しながら新たな「私」小說を構築するに至らせた背景として60年代の文壇 驗はいかに作用しているのかを明らかにするものである.自ら 驗した筆禍事件樣な文學論爭同時代の批評及び批評家に對する不滿(あるいは江藤淳との對立)といった3つの要因は大江が小說書く方法と表現の問題に意識的になる外側からの原因として いた.60年代に大江はすでに「私」探求の文學を宣言し「私」を徹底的に書く意志を示した.しかしそれは私小說の 統をそのまま受け ぐものではない.讀者に「方法的」·「科學的」讀みを呼び掛けつつ自らも樣な文學理論と周 の學問の成果を吸收し獨特の文學世界を構築する.本稿を通してその道程が明らかにされるだろう.