ABSTRACT
『牡蠣』は、「中央公論」の1935年9月号に掲載され、改造社刊行の短編集『牡蠣』に収められた作品である。この作品は、貧しい袋物職人夫婦の生活を描いたリアリズム小説の傑作として絶賛を博した。そして、『放浪記』,『風琴と魚の町』,『清貧の書』のような初期作品でみられた自伝的・回想的傾向から離れ、客観的な写実のなかに林芙美子の文学をきずきあげた、と評価されている。 本研究は、作者が『牡蠣』を通して読者に伝えようとしたのは何であったか、を考察することが目的である。具体的には、『牡蠣』の主人公の周吉が、妻との出会いによって彼の意識変化を考察することにより、作品の主題を把握する。 考察の結果、主人公の周吉は妻と生活することになってから「暗澹していた自分の人生に何か光の射して来たようなものを感じる」のである。しかし、経済的理由で妻とは一緒に住めないことを悟るしかない貧しい周吉の姿、大量生産の時代に至り危機意識を感じ、ミシンを購入することによって自分の能力を克服しようとする貧しい一人の人間の生きざま、を認めることができた。 貧しい庶民の生活をよく知っていた林芙美子は、主人公の周吉を通して「生きる」ということの大切さを語ろうとした。また、自分が置かれた時代の人間を、すなわち政治・社会・経済的に苦しかった「国家危機の時代」に貧しく暮していく疎外された人間を、貧しい都市生活者の悲惨な人生を描くことにより、時代的不安、恐怖、苦痛などを具現化したのである。
KEYWORD
Hayashi Fumiko, Kaki, Theme, Mass Production, City Dweller
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